考察 父の愛が息子の魂を曇らせる

※はげしくネタバレしてます。「牙狼〈GARO〉」全25話を未鑑賞でネタバレを好まれない方は、観賞後にご覧ください。


ハイパー・ミッドナイトアクションドラマ「牙狼〈GARO〉」。特撮界の鬼才、雨宮慶太氏が原作・総監督を務めたこの作品は、深夜番組ならではのエロス&ホラーテイストと迫真のワイヤーアクション、TVの常識を覆すVFXで話題となりました。革新的な映像の原動力となったのは、ブランドに頼らない新しいヒーローを創出しようとする、気鋭のクリエイターたちの情熱だったことは言うまでもありません。


映像を支える物語には、1話完結を原則としながらも、全25話を見据えた骨太のプロット*1が用意されていました。主要キャラクターは、主人公の黄金騎士ガロこと「冴島鋼牙(さえじまこうが)」、死の呪いに蝕まれるヒロイン「御月カオル(みづきかおる)」、ガロを仇として復讐を誓う銀牙騎士ゼロこと「涼邑零(すずむられい)」の3人。鋼牙はカオルと愛情を、死闘を経た零とは友情を育み、やがて2人の協力を得て、父の仇でありすべての陰謀を企てた暗黒騎士キバを討ち果たすのです。

■喪失と不在

鋼牙、カオル、零の3人は、それぞれ両親と死別して肉親のない境遇にありました。興味深いのは、彼らにとって〈父〉は「喪失」なのに対して、〈母〉は「不在」ということでしょう。


彼らの〈父〉には明確な設定があり、自分の子に伝承すべき技巧や意志がありました。喪失した〈父〉に対するコンプレックスの克服が、各々のドラマの縦軸となったのです。

鋼牙 幼少時代に〈父〉を失った鋼牙は、亡父の跡を継いで黄金騎士ガロ(魔戒騎士の最高位)となることを決意する。それは「魔戒騎士の血は、この俺で途絶えていい。親父の復讐を遂げられるのなら!*2」という、屈辱の死を遂げた〈父〉の汚名を雪ぐためだったが、数々の試練とカオルとの交流を通じて「護りし者(魔戒騎士の別称)」としての誇りに目覚めていく。そして〈父〉の仇、暗黒騎士キバとの決戦では「俺はひとりで戦ってきたのでない! かつてガロの称号を得たすべての英霊と共に戦ってきたのだ*3」と、黄金騎士ガロの当代として堂々たる勝利を収める。
カオル 病と闘う〈母〉をかえりみず作画に没頭し続けた〈父〉を恨みながらも、〈父〉と同じく画家を志すカオル。とある幼稚園に残されていた〈父〉の描いた壁画「女神」を修復することになった彼女は、その作業を通じて〈父〉の〈母〉への想いを知り、溜飲をさげる。やがて最大の敵メシアにガロ(鋼牙)が苦闘するさなか、カオルは鋼牙のために魂を込めて画を描き、ガロに燦然と輝く翼を与え勝利に導く。そして物語のラスト、意図的に最終ページを白紙にされた〈父〉の絵本「黒い炎と黄金の風」に、カオルは彼女自身が思い描く結末を与える。
魔戒騎士でありながら、もともとは孤児だったため魔戒騎士の系譜に存在を記されない零。〈義父〉と愛しい恋人と共に過ごした幸福な日々は、突然終わりを告げる。最愛の2人を惨殺した謎の騎士への復讐を誓った零は、その正体を鋼牙と断定して襲いかかるが、何度か刃を合わせた後、それが誤解だったと知る。鋼牙に謝罪した零は、共通の仇を倒すために共闘を申し出、復讐を果たす。(功績を認められた零は、正式に魔戒騎士の系譜に名を連ねることになったとのこと*4)。

〈父〉に比べ、3人の〈母〉はとても希薄な存在でした。鋼牙の〈母〉は死別したことを示唆するにとどまり、回想シーンなどで登場するカオルの〈母〉は形骸にすぎず、孤児だった零には〈母〉そのものがありません*5。しかしそれは〈母〉の「欠落」を意味するものではないでしょう。カオルの〈父〉が、愛娘を産んだ妻を女神として壁画に残していたように、彼らの〈母〉は神性を伴った存在として物語外に位置していたのです。

■邪にして美しき者

魔戒騎士の敵、魔獣ホラー。陰我(作中における情欲や情念、煩悩などの総称)に駆られた人の魂を喰らい、とり憑いた肉体を醜悪なバケモノへと変化させるホラーは、陰我の権化と呼ぶべき存在でした。しかしその一方で、乳房をあらわにした女性型のホラーも少なくありません。特にホラーの始祖とされる最大の敵「メシア」は、完全な女性の貌(かたち)をしていました。これは女体が、美しさゆえにホラーと同じ陰我の象徴であることを意味します*6


さて、鋼牙には幼なじみがいました。名前は邪美(じゃび*7)。彼女は、再会した鋼牙に淡い恋心を抱くものの、彼の目の前でホラーに抹殺される運命にありました。結果的に、邪美の悲劇は鋼牙が憤怒と憎悪を爆発させる引き金となり、彼を窮地に陥れます。陰我に囚われた鋼牙は、黄金騎士ガロの鎧の暴走によって、その身をホラーのごとき魔獣*8の姿へと変化させてしまったのです。


つまり〈女性〉は、(本人の意志とは関係なく)〈男性〉を陰我に惑わせる魔性の存在として描かれているのです。これは、ヒロインであるカオルも例外ではありません。とあるホラーに暴かれた彼女の本性は下品そのものでしたし、「メシア」に憑かれたとはいえホラーとして黄金騎士ガロ(鋼牙)に刃を向けたのですから。


しかし、魔性を伴った〈女性〉として描かれながらも、カオルは物語のクライマックスで神性を帯びた存在となり、黄金騎士ガロに翼を与え勝利に導きました。カオルの性質を変化させたのは、彼女に憑いた「メシア」を祓った鋼牙の愛。〈女性〉は〈男性〉に愛され、(精神的に)夫婦となることで、その性質を魔性から神性へと変化させるのです。

牙狼〈GARO〉が描く人生観

両親および男女に与えられた役割から「牙狼〈GARO〉」の世界が、ある人生観に基づいて構築されていることが分かります。その中心にあるのは鋼牙、すなわち〈男児〉です。


男児〉は〈父〉の背中を追って成長する。〈母〉の愛に溺れてはならない。成長とは俗世の誘惑との戦いだ。切磋琢磨できる〈好敵手〉を得よ。数多の女性から最愛の〈女性〉を見つけ、命をかけて愛せ。そして、強くなれ。と*9

じゃあ、最初からある程度は長丁場を覚悟していた『牙狼〈GARO〉』の場合、どうやってモチベーションを保ったかというと、主人公の名前なんです。『鋼牙』っていうのは、ウチの息子と同じ名前なんですよ。『巧画』といって、字は違うんですけどね。さすがに、自分の息子の名前を使ったら、どんなに長くかかっても、実際に作るときに手は抜かないし、飽きたりしないだろうと。それを拠り所にしていたんですよ。

雨宮慶太ロングインタビュー/「牙狼〈GARO〉魔戒之書」111ページより

牙狼〈GARO〉」とは、〈父〉が〈息子〉に捧げる「愛情の形」であり、〈父〉からの自立を描いた寓話(絵本のような物語)なのです*10。〈息子〉の人生の将来を〈父〉が決めるべきではない。そんな思いが、本編を象徴した絵本「黒い炎と黄金の風」のラストページを空白にしていたのでしょう。

■〈父〉のカケラ

〈父〉を亡くした〈息子〉の成長を描いた「牙狼〈GARO〉」。しかしながら鋼牙は、肉親を失ったとはいえ恵まれた環境で育ちました。魔戒騎士としては大河のパートナーだった魔導輪ザルバ*11を継承し、人間としては衣食住の保証と同時に身の回りの世話をする執事ゴンザが残されていたのですから。また物語の中では、ザルバ、ゴンザの他にも数多くのキャラクターが〈父〉の代弁者*12として登場し、鋼牙を導きました。これは〈父〉の、〈息子〉に苦労をかけたくない、辛い思いをさせたくないという想いの顕れなのでしょう。


そうした〈父〉の愛情は、物語内にも影を落とします。

須川「人間は根源的に他人を殺そうと欲している。そのために文明の利器を進化させ、相手を殺傷してきた。人類の祖先が道具を手にした瞬間、ホラーはこの世に生を受けた*13。すなわち人間とは、ホラーそのものなのだ。中でも最も性質の悪い種族が、君たち魔戒騎士だ」
須川「キミは人を護るという名目で正義を振りかざし、罪なき人々を虐殺した」
鋼牙 「違う!」
須川「その黄金の鎧こそ、魔戒騎士の矛盾を覆い隠すまやかしに過ぎない」
鋼牙 「それは貴様の理屈だ! この黄金の鎧には一点の曇りもない」

第22話「魔弾」より

須川は、ホラー化した娘を黄金騎士ガロ(鋼牙)に斬られたのを恨み、人間でありながらホラーの力を用いて鋼牙への復讐を画策した男です。彼は〈父〉の立場から、魔戒騎士が内包する矛盾を鋼牙に突きつけたのです。この会話の後、ホラーとなることを選択した神須川はあまりの苦痛に死を欲し「キミはこの苦しみから娘を救ってくれたのか」と溜飲をさげ、魔戒騎士という存在にエクスキューズを与えます*14


しかし、これは鋼牙の罪を弁明するものではありません。「牙狼〈GARO〉」の物語中において、誰も鋼牙の罪を問い詰めないのです。

■鋼牙の原罪

カオルを蝕んだ死の呪いとは、「ホラーの返り血を浴びた者は、他のホラーの標的にされるだけではなく、100日後に地獄の苦しみ*15と共に死ぬ」というものでした。カオルと出会った鋼牙は、真意はどうあれ彼女をホラーをおびき出す餌として利用し、その罪と罰が2人のドラマを牽引しました。


そもそも誰がカオルに返り血を浴びせたのか。ホラーが返り血をまき散らした原因は、他ならない鋼牙の一太刀。つまり、カオルに呪いをかけたのは鋼牙だったにも関わらず、すべてのキャラクターがその罪から目を背けていたのです。第19話「水槽」では、連続殺人を犯した人間を鋼牙が殴るシーンがありました。その犠牲者のひとりは鋼牙が誘拐現場で犯人を見逃したために落命したにも関わらず、彼は自身の過失と向き合おうともしません*16


もうひとりの魔戒騎士、零も同様です。家族を奪われて復讐を誓う彼ですが、事件の夜、彼はすでに魔戒騎士であり、同じ屋根の下で寝ていたのです。侵入者を撃退できた可能性を無視し、自分の不明を恥じることなく、彼は一方的に犯人を呪い、物語の最後まで恋人に「護ってやれなくてゴメン」と謝罪することはありませんでした*17


「その黄金の鎧こそ、魔戒騎士の矛盾を覆い隠すまやかしに過ぎない」


須川が放ったこのセリフを、「牙狼〈GARO〉」は払拭できません。その原因もまた、「〈息子〉は強い、罪を背負って欲しくない」と願う〈父〉の愛なのです。

■最後の陰我

雨宮:ぼんやりとですが、いくつかやりたいと思っている要素はありますね。とりあえず、テレビシリーズの最終回までの流れの中ではやれることはやったという思いはありますし、やり残したよりはやりきった感覚の方が大きいですね。

引用元:MAKING INTERVIEW 001/「牙狼〈GARO〉公式ビジュアルブック」61ページより

鋼牙、カオル、零の3人が、それぞれ自分の道を歩き始めるところで物語の幕は閉じました。その時画面に映し出されたのは「完 暗黒魔戒騎士篇」という文字。25話かけて描かれた鋼牙の物語は、未来は白紙ではなく別な物語が用意されていることを示唆して幕を閉じました。*18

前述の通り「牙狼〈GARO〉」が〈父〉から自立する〈息子〉の物語である以上、彼らの未来は絵本「黒い炎と黄金の風」同様、白紙でなければなりません。この矛盾は、喩えるなら絵本「黒い炎と黄金の風」の白紙のラストに、「つづく」とだけ書かれているようなもの。巣立ちの時を迎えた〈息子〉を手放させなかったのは、〈息子〉を導いた〈父〉の愛情にひそむ「支配欲」に他なりません。


牙狼〈GARO〉」は、内に芽生えた陰我を断ち斬れなかったのです。


比類ない情熱と愛情によって、新たなヒーローの創出に成功した「牙狼〈GARO〉」。僕自身、全25話をリアルタイムで視聴し、最後まで楽しみました。魂のこもった佳い作品だったと思います。だからこそ、この物語が内包するテーマに敗れてしまったことが、残念でなりません。

どっとはらい

*1:起承転結をそれぞれ6話ずつに区切った素晴らしいシリーズ構成でした。

*2:第7話「銀牙」より

*3:第25話「英霊」より

*4:牙狼〈GARO〉魔戒之書」64ページに詳細が記載。「零が魔戒騎士の系譜に加わったことは物語上、重要な事実であるので、敢えてここに記しておきたい」とあるとおり、「無(ゼロ)」から「有」の状態に転じることで零の物語は幕を降ろすのです。

*5:第14話「悪夢」で、養父と恋人の墓の他、もうひとつ墓標が映されました。おそらくそれが、義母の墓なのでしょう。

*6:「東の番犬所」にいた少女3人の正体がホラー「ガルム」だったように、年齢や容姿に関係なく女性は皆ホラーと同質なのです

*7:牙狼〈GARO〉公式ビジュアルブック」63ページによれば、当初彼女の登場予定はなく、プロデューサーの「女の魔戒騎士も出して欲しい」という要望に対して、女性騎士は雨宮監督としてあり得ないため苦肉の策で魔戒法師となったとのこと。このことを踏まえると、彼女が「鋼牙に近づくすべての女性(カオル以外)」という性質を持たされて「邪美」と命名されたことが伺えます。

*8:設定では「心滅獣身」という状態だそうです。

*9:〈父〉を欠落し〈母〉の愛に溺れた〈男児〉の運命は、ホラー「ガルム」の子「コダマ」に託されました。彼は「言葉を失った者」、つまり意志のない〈母〉の傀儡として描かれたのです

*10:友情出演した京本政樹さんの息子の名は「大我(たいが)」という名前。もし、これが鋼牙の〈父〉の名と関連するのなら、京本氏はドラマ中とはいえ〈息子〉に手をかける役割を担ったことになり、作品にかける意気込みを感じることができます

*11:物語ラストでザルバから記憶を奪ったのは、自立した鋼牙が幸せだった父との記憶を必要としなくなることを意味しているのかもしれません。

*12:黄金騎士の影(第9話「試練」)、魔法師阿門(第16話「赤酒」)、神須川祐樹(第21話「j魔弾」)、観月由児(第25話「英霊」)などが〈父〉の代弁者となりました。皆、鋼牙が極限まで苦悩・苦戦する前に、助言や赦しを与えていたのが印象的です。

*13:道具とホラーの出自は公式設定にはないため、ガンマニアである神須川の独自解釈としてのセリフでしょう。人間とホラーが同一起源にあるところは違いありませんが。

*14:本作でもっとも神聖な存在である〈父〉をそのままホラーにさせるという展開は、「牙狼〈GARO〉」を象徴する名シーンと言えるのではないでしょうか。

*15:イムリミットまで迫ったカオルは高熱にうなされました。しかしながらホラーとなった神須川の苦しみと比べれば、比較的緩かったようです。第10話「人形」で描かれたカオルの暗黒面が増長するという展開を期待していたので個人的に残念です。

*16:鋼牙の過失のほとんどは「魔戒騎士の掟」という無形の免罪符によって赦されています。

*17:零の恋人静香は、暗黒騎士キバに胸を貫かれて命を落としました。もし、わざとホラーの返り血を浴びせ100日の苦しみの後に死亡したという設定になっていれば、零の苦悩やカオルへの態度、鋼牙への怒り、そしてカオルを救った鋼牙へのリスペクトなどが強調されていたでしょう。ここまで骨太のプロットを仕上げたスタッフが、このロジックに気づかなかったとは思えませんので、なんらかの理由があったのだとは思います。

*18:06/05/22現在「牙狼〈GARO〉」のテレビスペシャルが制作されるという噂があるものの、最終回制作当時、続編については未定だったとのこと