考察(後編)


※というわけで、「仮面ライダー THE FIRST」考/後編 です。ネタバレあります。ネタバレしないのはあきらめました、ご注意ください。

仮面ライダー THE FIRST」には、本郷猛のドラマだけではなく「その他」のことが含まれていると書いた。もちろん晴彦くんと美代子ちゃんのことである。 病院を舞台にした2人のドラマは、作中の1/4位の時間があてられていたと思う。それだけこの映画にとって重要な要素として描かれていたのだが、興味深いことにメインストリームである本郷猛のドラマと、交差もすれ違いもしない。


もう少し詳しく書こう。


本郷猛のドラマは、緑川あすかをめぐる一文字隼人との三角関係だった。その渦中で緑川あすかがさらわれて、「2人」は休戦。「仮面の戦士」に変身して、敵地へ救出におもむく。そこに立ち塞がったのは、やはり「2人」の「謎の仮面戦士」。本郷猛と一文字隼人は「愛するものを守る」ために戦いを挑んだ。


一方、晴彦くんのドラマは、献身的な美代子ちゃんに心を開くまでを描いたツンデレ少年物語だった。容態が急変した美代子ちゃんとこれからも共に過ごしていくため、「2人」は「仮面の戦士」となる運命を享受する。やがて晴彦くんたちは、任務で「謎の仮面戦士」の「2人」と対峙し、「愛するものを守る」ために戦いを挑んだ。


2つのドラマはここで衝突し、(予定調和のもと)本郷猛のドラマが晴彦くんのドラマを断ち切って「仮面ライダー THE FIRST」は幕を閉じた。本郷猛は、晴彦くんのドラマどころか、彼の存在すら知らないまま……。


敵との対話(ドラマの融和)を封じるアイテム「仮面」を有効に使った構成と言えるが、このドラマ同士の衝突を効果的に演出するため、観客には神の目線が与えられた。スクリーンの前に座った僕たちは、時間の流れを無視した順番で、その世界に起こった出来事を俯瞰したのである。


そう、「仮面ライダー THE FIRST」で僕たちが観たのは、「本郷猛のドラマ」ではなく、「仮面ライダーが存在する世界」だったのだ。テーマは「“仮面の戦士”となった者の苦悩と葛藤」ではなく、「いかなる理由(正義)があろうとも、暴力を奮えば小さな花を踏みつぶす」という矛盾。このような矛盾は、石ノ森章太郎のマンガではおなじみのテーマだ。スタッフは「仮面ライダー」の再誕にあたり、この矛盾を「神髄」としていたのである*1


仮面ライダー THE FIRST」が、改めて「一方通行の正義」を否定した理由を考えるのは難しくない。9・11事件とその報復が生み出した悲劇を思い出せば十分だ。現代において、正義と悪の境界線はすでに消失しているのだから*2

仮面ライダーが悪の組織によって、とりかえしのつかない手術を受けて悩むという設定は、手術をこれから受ける子供や、術後の子供をいたずらに苦しめる。また執刀医を悪の手先として描くことは、職業差別という批判をまぬがれない。


プロデューサーの白倉伸一郎氏は、自著「ヒーローと正義」にて上記のように述べている(103ページ)。そのため、平成ライダーたちは、現代の倫理観をクリアすべく様々な趣向をこらしているのだという。このような事情は、僕もうすうすと感じていた。だからこそ平成ライダーではない「仮面ライダー THE FIRST」には、ノスタルジー混じりに35年前の倫理観で描かれた、本郷猛の苦悩と葛藤を期待していたのだが……。どうやら、そういうわけにも行かなかったようだ。


逆に「世界の矛盾」というテーマは、35年目にして「説得力を伴って表現できる時代になった」と言えるのかも知れない。


僕の「カッコイイけど、なんだかすっきりしない映画」という評価は変わらないが、自分の出した結論を踏まえたうえで、今度はDVDでディレクターズカット版*3を観てみようと思う*4

  • おまけ
    • これだけ詰め込んで90分は、スゴイ事だと思った。
    • 長回しのラストバトルはカッチョ良かったけど、ライダーキックの飛び上がりに違和感を感じてしまった僕は負け組みたいです。
    • 少女を助けて怪我させてしまった経験が、緑川あすか救出のシーンで活かされた描写がなかったのが残念。DC版に期待かな。
    • 一緒に観た友人が、本郷猛だけリジェクションが起きないのは「美しい心に、血液(60%の水分)が反応したため」と読み取った。気づいてくれて感謝です。

*1:ショッカーが具体的な悪を実行せず、理不尽を強要する怪人工場として描かれていた理由も、この理由によって説明できたと想う。

*2:プロデューサーと脚本家の同じ「仮面ライダー555」でも同様の世界が描かれていたが、対話することで戦闘を回避できる余地が残されていたのに対し、「仮面ライダー THE FIRST」では対話するとっかかりさえ喪失しているのが印象的だ。

*3:公式リリースによるとDVDにディレクターズカット版はない様子。とほほ。
 http://www.toei-video.co.jp/DVD/sp21/rider1st.html

*4:今回の教訓:先入観は、映画を観る上で邪魔なだけだなぁ。